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東京地方裁判所 平成9年(ワ)25887号 判決

原告

朝銀神奈川信用組合

右代表者代表理事

右訴訟代理人弁護士

小室貴司

被告

大和住宅有限会社

右代表者取締役

被告

Y1

右被告ら訴訟代理人弁護士

青木達典

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録≪省略≫記載の建物を明け渡せ。

二  被告大和住宅有限会社は、原告に対し、金一〇〇万五七九二円を支払え。

三  被告らは、原告に対し、連帯して平成一〇年四月一日から第一項の明渡し済みまで一ヶ月金一六万七六三二円の割合による金員を支払え。

四  原告の被告Y1に対するその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

2  被告らは、原告に対し、連帯して平成九年九月三〇日から右明渡し済みまで一ヶ月金一六万七六三二円の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は、もと訴外Cが所有していたが、昭和五六年一一月二〇日、訴外株式会社第一勧業銀行が本件建物を目的として根抵当権を設定した。

2  被告大和住宅有限会社(以下「被告会社」という。)は、Cとの間で、平成元年二月一五日、本件建物について次のとおりの賃貸借契約を締結した。

(賃料)月額一五万九六五〇円

(期間)平成元年二月一五日から平成三年二月一四日まで

3  被告会社とCは、平成三年二月一五日、右賃貸借契約を次のとおり更新した(以下更新後の契約を「本件賃貸借契約」という。)。

(賃料)月額一六万七六三二円

(期間)平成三年二月一五日から平成五年二月一四日まで

4  平成五年二月一四日が経過した。

5  右訴外銀行は平成五年四月一九日右根抵当権を実行し、原告が平成九年九月二九日本件建物を競落し、同月三〇日、その旨の登記を経由したから、被告らは本件賃借権を原告に対抗できない。仮に本件賃借権をもって原告に対抗できるとしても、

(一) 原告は、被告らに対し、平成九年九月末日までに、本件賃貸借契約を解約するとの意思表示をした。

(二) 平成一〇年三月末日が経過した。

6  被告らは、本件建物を占有している。

7  本件建物の相当賃料額は、月額一六万七六三二円を下回らない。

8  よって、原告は、被告らに対し、本件建物の所有権に基づき、その明渡しを求めるとともに、主位的には、不法行為に基づく損害賠償として、平成九年九月三〇日から右明渡し済みまで連帯して一ヶ月金一六万七六三二円の賃料相当損害金の支払いを求め、予備的には連帯して本件賃貸借契約に基づき、平成九年九月三〇日から平成一〇年三月末日までの間の一ヶ月金一六万七六三二円の割合による未払賃料の支払いを求め、同年四月一日以降明渡し済みまでは不法行為に基づく損害賠償として、一ヶ月右同額の割合による賃料相当損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

2ないし4、6、7は認め、1及び5中の法的主張(対抗し得ないとの主張)を除くその余の事実については被告らにおいて明らかに争わない。

本件賃貸借契約は短期賃貸借契約として法定更新されているから、期限の定めのない賃貸借契約として存続しており、本件建物の競落人である原告に対抗できる。

したがって、原告から正当事由を示した解約の申入れが必要であり、これがなければ原告の請求は失当であるというべきである。

三  抗弁(留置権)

1  被告Y1(以下「被告Y1」という。)は、本件建物に関し、必要費として屋根の雨漏り修理、水漏れの修理等のために二一五万円、有益費として壁の塗り替え、畳の入れ替え等のために三五〇万円を支出し、本件建物の価値は少なくとも二〇〇万円増加している。

2  被告Y1は、右必要費二一五万円及び右有益費のうち現存増加額二〇〇万円の合計四一五万円の支払を受けるまで本件建物の明渡しを拒絶する。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

請求原因のうち、2ないし4、6、7の事実は当事者間に争いがなく、1及び5中、法的主張を除くその余の事実は被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。

ところで、右請求原因2ないし4によれば、被告会社と訴外Cとの間の本件賃貸借契約は、平成五年二月一五日法定更新され、期限の定めのない賃貸借となったものであるから、民法三九五条により本件建物を競落した原告に対抗できる。

したがって、右の競落人である原告に対抗できないとして、競落後から直ちに被告らの本件建物についての占有権原を否定する原告の主位的主張は理由がない。

しかしながら、被告会社は既に根抵当権の目的となっている本件建物を平成元年から賃借し、平成三年及び同五年の二度の更新を経て、請求原因5(一)記載の解約の申入れまでにすでに八年以上の期間に亘り本件建物を使用しており、短期賃借権としての保護は十分全うされたというべきであり、これ以上の保護を与えることは本件根抵当権に不当な犠牲をもたらすといわざるを得ない。

そうとすれば、原告の右解約の申入れは正当事由に基づくものと認めることができ、したがって更新後の本件賃貸借契約は、平成一〇年三月末日の経過により終了したというほかはない。

よって、原告は、本件賃貸借契約に基づき、被告会社に対し、平成九年九月三〇日から同一〇年三月末日まで六ヶ月分の賃料合計一〇〇万五七九二円の支払を請求することができる。

しかしながら、被告Y1は本件賃貸借契約の当事者ではないから、原告は、右契約に基づいて同人に対して未払賃料の請求をすることができず、この部分に関する原告の本訴請求は理由がない。

なお、本件解約の効力発生後については、本件建物を被告会社と被告Y1が共同して占有していることから、被告両名に対して原告主張の賃料相当損害金の支払を請求することができる。

二  抗弁(留置権)について

原本の存在及び成立について争いのない≪証拠省略≫(評価書)中の本件建物に関する物件明細書その2及び弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる≪証拠省略≫(借家契約等に関する回答書)には、被告Y1が本件費用償還請求権を主張している旨の記載が全くない(そもそも右物件明細書には本件建物の占有に関する記載がないことから、右物件明細書の作成時点において同建物を被告らが占有していたことすら疑わしいといわざるを得ない。)から、被告Y1は、本件建物の競売手続における執行官の現況調査あるいは評価人の評価の際、本件費用償還請求権の存在を主張していなかったものと認められる。

ところで、右競売手続において不動産の買受けの申出をしようとする者は、執行官作成の現況調査書及び評価人作成の評価書を参考に買受額を申し出る(その場合、買受人が引き受けることとなる費用償還請求権が存在していれば、最低売却価額の決定において当然斟酌される。)のであるから、右現況調査書等に記載のない費用償還請求権を当該不動産の買受人に対抗できるとすれば、著しく買受人の利益を損なうといわざるを得ず、したがって右のような費用償還請求権は原則として認めるを得ないというべきである。そうとすれば、現況調査時又は評価時に費用償還請求権の存在を執行官又は評価人に主張することができず、かつ、できなかったこともやむなしとする特段の事情がある場合は格別として、そうでない限り、右費用償還請求権を買受人に対して主張することができないと解するほかはない。これを本件についてみるに、被告Y1において右特段の事情を何ら主張立証していないことから、抗弁事実の有無について検討するまでもなく、この抗弁は理由がないといわざるを得ない。

三  以上によれば、原告の被告会社に対する請求についてはいずれも理由があるから認容し、被告Y1に対する請求については、本件建物の明渡し及び被告会社と連帯して平成一〇年四月一日以降本件建物の明渡し済みまで賃料相当損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条ただし書、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀内明)

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